移民・難民・外国人問題

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中国人ホステス嬢(売春婦)の半生について。こうやって、日本は食い物にされる。

 

中国人売春婦の歩む道について。

 

以下、全ての記事の赤字・太字は管理人による。元々太字だった部分は、アンダーラインで表示した。

https://diamond.jp/articles/-/175563

2018.7.25

中国人デート嬢の半生、偽装結婚~離婚で失った永住権の行方
根本直樹:ライター 


DOL特集『隣の中国人“ディープチャイニーズ”たちの肖像』では、ビジネス的に成功を収めた人から、市井に生きる名もなき人まで、さまざまな分野にいる在日中国人を紹介していく。第7回の今回は、前回に引き続き、元デートクラブ嬢中国人女性の半生を追う。38歳からデート嬢として働き始めた彼女は44歳で足を洗ったが、その後、念願だった「永住権」を手に入れ、今なお日本に住んでいる。そこには、さまざまな“裏技”があった。(ライター 根本直樹)

>>前編から読む

 

妙齢のデート嬢たちは留学生?
中国人女性「在留資格」の謎

 

 1996年、劉湘は上海から来日すると、すぐに歌舞伎町のデートクラブ『夢恋』で働き始めた。源氏名はホナミ。当時すでに38歳だったが、愛嬌のある顔立ちと明るい性格ですぐに人気嬢となり、多いときで一晩に3~4人の客を取るようになった。

 

 当時、このような中国人女性は大勢いたが、いつも疑問に思っていたのは、彼女たちの“身分”、つまり在留資格だ。中国人女性と同様、夜の街で一大勢力を誇っていた“フィリピーナ”たちの場合、歌手やダンサーといった芸能関係者に発給される「興業ビザ」による来日が大半だったが、当時の中国人発給されることは稀で、「留学ビザ」大半を占めていた。しかし、夜の街には妙齢の中国人女性たちがあふれている。彼女たちは「学生」なのか。そんな疑念をいつも感じていたのだ。

 

 98年、『夢恋』で出会ったホナミに疑問をぶつけた。

 

記事中の「興業ビザ」だが、問題があるとして、現在では厳格化されていて、なかなか許可されない。

 

続き。

https://diamond.jp/articles/-/175563?page=2

「君、学生なの?」
「バカ、こんなオバサンの学生いないよ」
「じゃあ、なんで日本に来れたの?」
「結婚よ。上海で日本人のおじいさん結婚して、日本来たよ」

 

 ホナミは、れっきとした「日本人配偶者」だった。いわゆる結婚ビザによる来日で、留学ビザのような就労制限がなく、一部の中国人女性たちの間では“夢の切符”と言われていたものだ。とはいえ、デートクラブのような非合法な店働いていいわけではないのだが…。

 

 90年代、彼女たちが言うところの「ニセモノの結婚」、つまり偽装結婚中国人たちの間大流行となっていた。

 

日中双方にうごめくブローカー
偽装結婚」のカラク


 日本人配偶者の在留資格を得るには、大きく分けて2通りある。まずは留学などで来日してから日本国内で相手を見つけて結婚し申請する方法と、中国国内で日本人男性と結婚し、在留資格を得てから来日する方法である。


 ホナミの場合、後者だった。

 

「私、勉強できない。年もおばさん。留学できない。じゃあ、どうする?結婚しかないでしょ」

 

 90年代の中国には、留学以外にも来日するさまざまな“裏口”があった。結婚その一つだった。すべて“カネ目的”である。

 

 留学生の資格は取れなくても、結婚すれば日本に住める。このようにうたう結婚斡旋所の類が、上海などの大都市を中心に雨後の筍のように林立し、日本“一山当てたい”女性たち押し寄せた

 

 結婚相手の男は、日本側のブローカーが送り出した。嫁不足で悩む、過疎農村の高齢男性などが多かった。日中のブローカーともに、利用者から数百万円という法外な仲介料を取り、大儲けしていた。

 

 ホナミの相手は当時60歳近い、精神病歴のある無職の男性だった。「当時、私は中国人のダンナさんがいたよ。でも、お金を稼ぐために、ダンナさんと話し合って、日本人と結婚することにしたの。だからダンナさんと離婚して、独身証明書を取って、上海市内のホテルのロビーで日本人男性と面接したの。会ってすぐに結婚を決めた。相手は誰だってよかった

 

まあ、一言でいうと、よくある話。

 

この記事は、過去の話だが、現在でもよくある

 

管理人は、何度も目撃している。

 

密入国して、偽名のまま日本人と結婚。

 

実は、中国に(韓国などの場合もあるが)ダンナや子供がいるなんて、割と今でもよくある。

 

 

imin-nanmin-gaikokujin.hatenablog.jp

 

 

imin-nanmin-gaikokujin.hatenablog.jp

 

 

imin-nanmin-gaikokujin.hatenablog.jp

 

まだ他にもたくさんあるが、この辺でやめておく。

 

続き。

https://diamond.jp/articles/-/175563?page=3

すぐに業者の手引きで、男性とともに上海市内の観光地を巡り、“カップル写真”何十枚撮った。「日本の入管厳しいから、夫婦らしい写真をたくさん撮っておく。ニセモノラブレターも書かせられたよ」。ホナミはそう言って笑った。

 

 当然、彼女の中では最初から“偽装結婚だった。こうして数ヵ月後には無事、在留資格が下り、来日を果たしたのである。

 

本物の結婚と信じていた男
最初から偽装のつもりの女

 

 問題はホナミと結婚した男性だった。仮にY氏と呼ぼう。Y氏この結婚「本物」思っていた。ホナミの来日と同時に幸せな新婚生活を送れるものだとばかり思っていたのだ。

 

 99年の冬、筆者はホナミの了解を取った上で、Y氏に話を聞いたことがある。怒り心頭の言葉が忘れられない。

 

完全にだまされたあの女と一緒に住んだのは最初の2週間だけ。そのあとは、月に1回か2回、掃除しに顔を出すだけだ。いつも派手な格好して、煙草吸いまくって、最低の女だ。離婚しようって言ったら、毎月5万円あげるから永住権取るまで待ってくれだって。最初から偽装だったんだ。もう我慢できない」

 

 これ特異な例ではない。当時、Y氏のような“被害者”少なからずいた。生真面目でウブなタイプの高齢者が多かった。結局ホナミはY氏と離婚した。「偽装結婚だと入管にバラす」と脅され、ホナミ自身が耐え切れなくなったのだ。

 

 離婚してしまうと在留資格を失ってしまう。結婚ビザが失効する前に何らかの手を打たなければ、帰国するか、不法滞在になるしかない。しかし、当時の中国人たちにはさまざまな裏の“オプション”があった。

 

 ホナミはデートクラブで知り合った、不動産会社を経営する男性客に取り入って、その会社の社員としてもらった。もちろん形だけである。1年ほどさかのぼって偽造の給与明細なども作ってもらい、勤務実態があるかのごとく装った。そして離婚後、これらの資料一式を携えて入管へ行き、「定住ビザ」へ切り替えを行ったのだ。

 

 1年あるいは3年ごとの更新を要する在留資格の一種だが、これで何とか日本滞在の「身分」を確保することができた。

 

記事中に「結婚ビザが失効する前に何らかの手を打たなければ」とあるが、本当は間違い。

 

本当は、離婚したら日本人の配偶者でなくなっているため、残っている在留期間に関わらず、在留資格を変更するために、届け出ないといけない。

 

それから、「1年ほどさかのぼって偽造の給与明細なども作ってもらい、勤務実態があるかのごとく装った」とあるが、これは、今でも使われている手口である。

 

今は、中国人が経営している会社も多いから、前より、やり易いくらいかもしれない。

 

この事例では、Y氏が、入管に通報すればよかったのだ。

 

この様子だと、通報していないようであるが、私に言わせれば、アホである。

 

最後。
https://diamond.jp/articles/-/175563?page=4

ホナミは言う。

 

「離婚してから10年間はほんとに大変だったよ。ビザの更新のたびに、認められなかったらどうしようってドキドキしてた。おばさんになってデートクラブで働けなくなってからは、お金の心配もあった。それでも日本にいたかったんだよね。日本って長く住めば住むほど離れたくなくなる国だよ。日本人はわからないかもしれないけど、こんな住みやすい国はない。人が優しい。中国ではみんな自分のことしか考えてないよ」

 

 2002年、ホナミはデートクラブの世界から足を洗った。44歳だった。その後は、不動産会社に形だけ籍を置きつつ、定住ビザを更新しながら日本に滞在し続けた。

 

「40代のうちは、中国エステでアルバイトすることが多かった。50代になると体力的にそれも辛くなり、居酒屋でアルバイトするようになった。そこで、今のダンナさんと出会ったの」

 

 相手はある地方自治体で働く公務員だった。年齢はホナミの5歳上、バツイチの独身男性だった。

 

「気が合ったね。だんだん仲良くなって、外でも会うようになって、私が52歳のときプロポーズされたの」

 

 それから1年後に結婚。念願だった「永住権」も手に入れ、現在は夫の故郷である埼玉県のある市の郊外に建つ一戸建てに、2人で静かに暮らしている。

 

上海に残してきた前の夫や娘とは、いまもたまに上海に帰ったときに会っているよ。そのことはダンナさんも理解してくれている。今はほんとに幸せよ

 

 そう振り返るホナミの顔は、年相応に老いて見えた。

 

何度か、このブログでも紹介している用語だが、この女性は「ジャパニーズ・ドリーム」を達成したのである。

 

この用語は、日本人にはピンと来ないかもしれないが、貧しい国の人々にとっては、事実なのである。

 

アメリカン・ドリーム」と何ら変わらない。

 

日本は、この女性の発言もあるように、日本は「非常に住みやすい国」であり、金を稼ぎやすいのだ。

 

こういった連中に、日本は、食い物にされている。

 

これは、昔だけでなく、現在進行形である。

 

ちょっと古い過去記事をいくつか。 

imin-nanmin-gaikokujin.hatenablog.jp

  

imin-nanmin-gaikokujin.hatenablog.jp

  

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日本人は誰も気付いていない在留中国人の実態

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内容紹介


中国から、毎週500人の中国人が、新たに日本に住みついている。 在留中国人とは、どんな人たちなのか。また、どこから来て、何をしているのか。それはなぜなのか。データで裏付けながら、さらに探り、そうした中国人をどう受け入れていくのかを考える。