ヨーロッパで30年以上暮らした日本人女性曰く「住みやすいのはやはり日本」!
まあ、対外国の仕事をしてみて、管理人は、さらに、この国を誇りに思うようになった。
日本ほど、あらゆる点で優れている国は、正直、他にはない。
日本は、すごい国なのだ。
管理人は、外国で暮らしたことのある日本人から、同様の意見をよく聞く。
たった一度、総力戦の戦争に負けたくらいで、自信を無くす必要などない。
世界最強の国と、まともにやりあえるだけの度胸と国力があったのだ。
世界中に、そんな国なんて、ほとんどないのだ。
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管理人は、学生時代など、毎日ニュースを見ていると、不祥事ばかりが流れていて、日本は経済大国だけど、ちょっとどうなの?と思っていた。
しかし、ニュースが暗いものばかりなのは、「メディアが悪い」からだろう。
メディアの「偏向報道」にダマされず、日本人として、一人一人が日本をしっかり支えていくことが大切だろう。
※ 以下、全ての記事の赤字・太字は、管理人による。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170227-00000013-pseven-int
在独30年日本人女性作家 日本は「スイス凌ぐ世界一の楽園」
NEWS ポストセブン 2/27(月) 16:00配信
世界第3位の経済大国でありながら、日本国民は幸せを実感していないと言われる。しかし、海外から見れば、「幸福度1位」のスイスなどヨーロッパ諸国と比べても日本は負けていない。ドイツ在住の作家・川口マーン惠美氏が分析する。* * *
国連のレポートによると、平均寿命や社会福祉の充実、人生の選択肢の広さなどで測定した「国民の幸せ度」が一番高いのはスイスで、日本は46位だった(*)。だがドイツに30年以上住む私は、日本はスイスに劣らない「世界一の楽園」だと感じている。
【*「世界幸福度報告書」2015年度版より。最新の2016年度版ではスイスが僅差で2位(1位はデンマーク)、日本は53位に後退した】
実際、日本とスイスは清潔さや物作りが得意なこと、勤勉な国民性など共通点が多い。だが、スイスの産業は内需が足りなくて輸出依存度が高く、他国の需要に頼らざるを得ない。一方で【日本は内需が大きく、自国民を相手に安定した商売ができる】優位性がある。
ヨーロッパ諸国と比べると、【日本の最大の強みは基礎教育】だ。高等教育のレベルではドイツが上回るかもしれないが、字が読めず、簡単な暗算ができない人がほとんどいない日本は、基礎学力では世界を圧倒的に凌駕する。日本人の学力の最低ラインは非常に高い。
【電車が時刻表通りに走り、全国津々浦々まで行き届く宅配便サービス】など、日本の社会システムが円滑に回るのは国民の基礎学力の高さゆえである。2時間ごとのきめ細かな時間指定配達など、ヨーロッパ人は逆立ちしてもできない。学歴を問わず、あらゆるコンビニ店員がレジ作業に加え、銀行振込みや宅配の荷物の受け渡しまで幅広いサービスを難なく行うなんて、奇跡のようである。
優秀な人材の多いドイツですら、自国の文章をスラスラ読んで理解できる「機能的識字」の能力を欠く人が公式に750万人もいる。外国系ドイツ人が比較的多いとはいえ、人口が約8000万人のうちおよそ1割とは膨大な数である。
続き。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170227-00000013-pseven-int&p=2
一部のエリートが国を引っ張るのではなく、皆が高いレベルを保つことで国は発展する。日本は将来移民を入れても、この強みを失わないよう努力すべきだ。
基礎教育の充実により【日本は、世界でも稀に見る格差の少ない国】になった。ヨーロッパは昔から階級社会であり、教育の機会が日本ほど均等ではない。社会から落ちこぼれやすいシステムと言えるだろう。
かつてのヨーロッパは植民地を持ち、「自分たちより下のカテゴリーの人間がいる」のが当たり前だった。ドイツも戦後は安い労働力として外国人を入れたので、現在も重労働や人の嫌がる仕事は、低賃金で外国人労働者が引き受けている。
一方、日本では格差がほとんどなく、戦後の復興期は中卒の人々を「金の卵」と呼び、企業は働かせながら定時制に通わせ、育てた。【基礎教育のレベルが高く、職業差別が少ないゆえ、多くの人が様々な職場で働ける】ことも彼我の違いである。
◆日本の強みはさらにある
意外に感じるかもしれないが、日本の強みの源泉は西洋的な民主主義が徹底されていないことにもある。
硬直した民主主義が徹底されると国民の権利意識が肥大し、労使の対立も熾烈になる。ドイツでも、その結果、交通機関のストが起こり、飛行機や鉄道がしばしば動かなくなる。
【日本人なら一握りの人の利益のため何十万人を困らせるのは間違いだと考える】が、ドイツ人にとっては、ストは「労働者の権利」だ。つまり戦うことは善。「利用者に迷惑をかけて申し訳ない」とは思わない。多大な迷惑を被る利用者は、労使双方の言い分を聞かされるばかりだが、基本的には「労働者の権利」を容認する。日本人は真似ができない。
日本では企業が不祥事を起こしたら役員報酬の減額は当たり前だが、ドイツでフォルクスワーゲンの排ガスの不正操作が露呈した際、一時的に役員報酬の減額案が浮上したものの、結局雲散霧消した。
ドイツでは、たとえ不祥事でポストを退く場合でも、契約分の報酬は臆面なく請求するのが普通だ。日本のように「会社のため潔く身を引こう」とは考えない。権利は法の徹底によって支えられる。必然的に、常に闘争する社会となる。謝罪は、法に触れたことが証明されて、初めて行われる。謝罪はすなわち賠償でもある。
記事の最後の「謝罪はすなわち賠償」というのが、外国の基本法理だ。
日本人は、いちいち「謝り過ぎ」なのだ。
これは、日本国内であれば、たいして問題ないのだが、外国だったり、外国人に対して行うのは大問題だ。
例えば、「慰安婦問題」についての最大の失敗は、日本が「とりあえず謝った」ことだ。
これで問題が大きくなった。
当時の法律や価値観では、全く問題ない制度だったのだから、いちいち謝る必要などなかったのだ。
酷い扱いを受けたのだのなんだの言うヤカラもいるが、戦争末期には、兵隊から一般庶民まで、みんなヒドイ生活をしていたのだから、慰安婦もヒドイ生活になってしまっても、それは当たり前なのだ。
話がそれた。続き。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170227-00000013-pseven-int&p=3
ヨーロッパ人は生まれた時からこういう戦いに慣れているが、日本人は争いを好まず、「我慢して済むなら我慢する」タイプが多い。
【争いより調和を好む日本は西洋の民主主義とは一線を画す】。生きていくのに、どちらが快適な社会であるかはいうまでもない。しかも日本の社会のほうがスムーズに機能する。日本はもっと自分たちのスタイルや国のありように自信を持つべきだ。
何と言っても【日本の治安の良さはケタ違い】である。私の知り合いのドイツ人が隣国であるポーランドのキャンプ場で車の横にテントを張って寝て、翌日、目を覚ましたら車が盗まれていたという嘘のような話がある。私自身、スペインにある知人の別荘で、睡眠中に部屋に泥棒が侵入し、お金を盗まれた。ヨーロッパの都会はたいがい治安も悪いので、夜10時を過ぎたら地下鉄に女が一人で乗るのは怖い。
かたや【日本は犯罪が少ないばかりか、落とし物をしても戻ってくる】。
しかも現在、ヨーロッパは難民問題で揺れている。ドイツでもテロを行う怖れのある外国人が、国内にすでに500人いると言われる。しかし、取り締まりも強制送還もなかなか難しい。
2015年の大晦日から2016年の新年にかけてケルンの駅前広場で難民1000名以上による集団暴行事件が発生したため、今年はドイツ各地で厳重な警備態勢が敷かれた。難民を入れる時は「人権」「隣人愛」を前面に出したドイツ人だったが、今ではコストと治安の問題ばかりが話題になる。「昔に戻りたい」と言う人も多い。
もちろん、日本も論理性が足りず、広報活動が苦手で国防意識が低いなどの欠点はある。だが、30年以上ヨーロッパに住んでみた私からすれば、住みやすいのはやはり日本。9勝1敗で日本の勝ちなのである。
【PROFILE】かわぐち・まーん・えみ/1985年、日本大学芸術学部ピアノ学科卒。シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ・シュトゥットガルト在住。著書多数。『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』(講談社+α新書)のシリーズがベストセラーに。
※SAPIO2017年3月号
記事にもあるように、移民や難民を、一度、国内に入れてしまうと、なかなか追い返せない。
例えば、在日朝鮮・韓国人を見れば、一目瞭然だ。
自分たちの権利を振りかざし、ヘイトスピーチだのなんだの言って、絶対に本国に帰らない。
「特別永住者」という「特別な在留資格」を有し、どんな酷い犯罪を犯しても、本国へ強制送還されることはなく、通称名で名前を使い分け、犯罪率も高い。
厄介な存在だ。
しかも、民主党(現・民進党)と組んで、さらに自分たちの権利の拡張を狙っている。
いわば、日本侵略だ。
過去記事。
imin-nanmin-gaikokujin.hatenablog.jp
こういう存在を、これ以上増やさないためにも、移民・難民の受け入れは、極力、最小限しなければならない。
☆☆☆
また、記事にもあるように、日本人は、もっと「この国のかたち」に自信を持つべきであるが、さらに、もっとより良くなるよう努力しなければならない。
戦争に負けたことで、GHQに教育方針も変えられてしまい、日本人は、ある意味「フヌケ」になっている部分がある。
日本はどうあるべきか、どうして行くべきかを、世界の潮流が変わりつつある現在において(イギリスのEU離脱、トランプ大統領の誕生、ヨーロッパの難民問題等)、しっかり考えていかなければならない。
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内容紹介
歴史小説で評論で対談でと、さまざまな形で「日本」を論じ続けてきた著者が、そのエッセンスというべきものを綴ったベストセラー
内容(「BOOK」データベースより)
日本は世界の他の国々とくらべて特殊な国であるとはおもわないが、多少、言葉を多くして説明の要る国だとおもっている。長年の間、日本の歴史からテーマを掘り起し、香り高く稔り豊かな作品群を書き続けてきた著者が、この国の成り立ちについて研澄まされた知性と深く緻密な考察をもとに、明快な論理で解きあかす白眉の日本人論。
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商品説明
明治維新は「革命」であったのか、薩長土肥連合による王政復古クーデターにすぎなかったのか。歴史家の間で意見の分かれるところである。本書で司馬は、幕藩体制の担い手だった武家階級が自らのハラキリによって「廃藩置県」を実現し、「国民国家」の土台を築いたことは、世界にも稀な革命であった、という明快な史観を展開してみせる。これほどの「政治的破壊作業」ができたのは、欧米列強のアジア進出に「日本人が共有していた危機意識のおかげ」だった。明治は「透きとおった、格調の高い精神でささえられたリアリズム」の時代で、そこに出現した「明治国家」は、江戸270年の精神遺産だった。司馬は江戸と明治の2つの時代に、脈々と流れる精神の連続性を見る。その具象として、小栗忠順、勝海舟、福沢諭吉、西郷隆盛、大久保利通ら多彩な群像を、科学者の透徹した目と小説家の豊かなイマジネーションで、鮮やかに浮かび上がらせる。「明治は多くの欠点をもちつつ、偉大としかいいようのない」時代だった。これに対して、戦後までの昭和は「イデオロギーが充満して国家や社会をふりまわした時代」で、まるで別国、別民族の観があると言う。しかし、この「非連続性」をもたらしたものが何であったか。残念ながら、司馬は語っていない。(伊藤延司)
内容(「BOOK」データベースより)
「明治」は清廉で透きとおった“公”感覚と道徳的緊張=モラルをもっていた。維新を躍進させた風雲児・坂本龍馬、国家改造の設計者・小栗忠順、国家という建物解体の設計者・勝海舟、新国家の設計助言者・福沢諭吉、無私の心をもち歩いていた巨魁・西郷隆盛、国民国家の形成を目指したかれら“明治の父たち”は偉大であった。本書は、明治草創の精神を捉え直し、「明治国」という人類普遍の遺産を巨細に語りつくす。これは、著者畢生の日本論であり、鮮明な日本人論である。